一般枠で働く発達障害者のブログ

一般枠・一部オープンで働くASD当事者です。

消えぬ不安の原因

普段、不安や恐怖に支配されてうつ状態になることが非常に多い。

精神科に通院し、抗うつ薬抗不安薬睡眠薬を処方してもらい、ほぼ指示通り服用しているが、どうにも問題の根本に職場でのストレスがあるからか、病状は悪化するばかりである。

何が私をそんなに苦しめているのか。今の現状を正直に文章に書き出してみようと思う。

 

私は職場で孤立している。

孤立しているというのは具体的には、業務中に雑談することがほとんどなく、周りから見て(主観的にもだけど)特に仲の良い人がいないという状況だ。

しかしながら、必ずしも全ての人がどこかしらの派閥に属しているわけでもないし、黙々と仕事をしているような寡黙な人も何人がいるため、「自分だけだ」という罪悪感は少ない。

また年上の方を中心に、共通の話題を以て話しかけてくださる方もいるので、その際にはできる限り明るく対応するよう心がけており、全員からの嫌われ者というわけではないようだ。

しかも仕事自体は、やろうと思えば1人でコツコツ、マイペースにできる内容なので、1年弱勤務していて、孤立状態を自分自身が強ち居心地の悪いものではないなと感じてしまったのだろうと思う。

 

しかし、私は社会人1年目である上に新人である。

この年に身につけるべき社会性、社会常識がたくさんあり、大変重要な内容である。

社会常識の身についた年齢の人が孤立するのは肝が座っており、むしろプラスにと思われることもあるだろうが。

孤立しているということはそれらが身につきづらいことに直結する。

なぜなら、実際の業務だけなら聞けば淡々と教えてくださる方は多いために、現在特段困った状態とはなっていないが、目上の人への挨拶の仕方やリーダーシップのとり方などは同年代の仲間から「空気」で学ぶ(見様見真似みたいな)ものだと日頃から感じているからだ。

 

私の職場は若手社員が多い。

私はASD特性により、冗談やなれあいがわからなかったり、会話の際の瞬発力が欠けているために、ノリが悪かったり変な発言が目立つが、それは特に若手の中で顕著になる。

完全に誰かに避けられているわけではなかった。

今でもたまに話しかけてくれる人はいる。

でもこの場に混じったら、定型発達者的な空気を壊すのは確実であり、それにより他の若手社員に迷惑をかけ、自身も傷つくのは確実だと想像し、自ら若手の誰かに交流を図ろうとするのはやめた。8月くらいだろうか。

 

ほかの同期を見ていると、歳の近い、ほぼ同じくらいの若手社員と仲良くなり(ほとんど友達同士のノリに見える)、そういう「振る舞い方」を、もちろん直接教えてもらうこともあるだろうが、何より見本として間近で見て学ぶことができるのだろうと感じる。

 

私だってせっば詰まってない時は、必死に周りの若手の動向を確認しているつもりだ。

でも傍から見ているのと、気軽に会話を交わしつつ身につけるのでは、体感や次の機会の実行力が断然違うのだろうと予想する。

悲しくなる。親しい先輩や同期がいないとはこういうことなのか、と。

今後自分だけ非常識な振舞いをして恥をかいてのろのろと遅れながら学んでいくしかないのかと思うと、とても不安になる。

社会生活が恐怖にしか思えないこともある。

 

さて、私は入社前には秘書検定を取得し、さらに入社半年くらいは毎週図書館に通い、ビジネスマナー系の書籍を何冊も読んできた。

知識はある程度はあるはずである。

それなのに実践ができない。

例えば、新年仕事始めの挨拶。すれ違った人には自然と「今年もよろしくお願いします」と言えるのに、自分から人に言いに行けなかった。

頭ではやらねばならないことをわかっているのに、失敗したら、気付かれなったら、まずい挨拶の仕方だったらと考え、縮こまってしまうのだ。

場面緘黙症の後遺症により、声が出なかったり体が動かなかったりするのも関係すると思う。

 

とにかく、自分の得手である知識としての吸収を努力しない他ないだろう。

最近は図書館に行くのも難しく、活字を読む気力もないことが多いため、先日マンガで学ぶマナーのような書籍を購入した。

少しでも知識を得て、そしてそれを実践する場を自分で作り出すことが目標だ。