一般枠で働く発達障害者のブログ

一般枠・一部オープンで働くASD当事者です。

愛着障害と向かい合わなければ

私は愛着障害である。と思う。

特に医者にも診断されていないし、誰かに指摘を受けた訳ではないが、書籍を読んだり、愛着障害を自称する方との交流から、自分で確実だと思っている。

愛着障害ってそういうものなのかもしれない。

自分でその存在を知って自覚しないと、いくら苦しんでいても周りにはわからない。

言わば自分で自分を慰めることしか出来ないのだと思う(下ネタではない)

回復プログラムとかも探せばあるようだが、お金がかかったり、集団行動がプログラムの手段だったりして、発達障害もある自分に有効なのか甚だ疑問であるため、利用に積極的になれない。

 

私は事務職と名乗っているけど、一応対人援助職に従事している。

毎日人を直接援助しなければならない訳ではないのだが、それでも電話対応含め月の5分の1くらいの時間は対人援助している。

それが本来の目的ではなくても、どうしてもクライエントの心の問題に触れなければならないことが多々ある。

そういうのを見せがちなクライエントは「めんどくさい人」などと同僚たちに噂されている様子をよく見るが、私の場合はとても変な気分になってしまう。

 

自分でも変と思うくらい、援助されているクライエントへ嫉妬してしまったりする。

具体的には、自身が愛着障害ゆえか、同じ匂いを感じるクライエントも多く、相手の求めている「認められたさ」を強く感じてしまう。

そして、その後に自分自身の認められなさを痛感することが多い。

 

クライエントへの対応はASDゆえか上手くはないが、それの上手さを直接求められる仕事ではないために、現在特に問題は感じない。

だから仕事の遂行は可能だが、それにしても心が苦しいことが多い。

愛着障害のない他の人は同じように感じていないのだろうと思うし、孤独な苦しみである。

 

このことは当ブログには書いたらどうか忘れたが、私は現在、職場でパワハラと思われる行為を受けており、パワハラ対策本部に介入してもらっている。

発達障害特性がトラブルの原因となってパワハラを受けるんでしょ?」のような言葉を頂いたこともあったが、過去にも被害者がいるために客観的に認められうるものである、とは述べておく。

それゆえ、適応障害のような状態(医者は「職場にはうつと言っておいて」と言い、自立支援医療の診断書には双極性障害と書いていてよくわからないのだが)となってしまった。

しかし、自分は耐えきれないパワハラを受け、それが病気に直結しているとは思いきれない部分がある。

ベースに愛着障害があるから、こんなに崩れてしまうんだろうなあと思うのである。

 

愛着障害の概念自体、広く認められざるものである上に、それを前面に出すと「めんどくさい人」と思われそうなので、あまり口外したくない。

産業医には元々精神科通院していた原因は愛着障害だからだと伝えたことがあるが、特に触れられたことがない。

 

地方都市在住のため叶わない願いかもしれないが、うつの治療と並行して、愛着障害に理解のあるカウンセラーによる支援を受けたいものである。

はぁ。