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アスペルガー社会人1年目のブログ

社会人1年目でうつになり挫けたASDです。悩んでます。

メンターとの関わり

現在進行形の悩み

先日、某書籍(女性のASD者に関する本)を読んで、私に思い当たるようなびっくりする内容がありました。
ショックが大きく、立ち読みしていたのをやめて書店をあとにしてしまったのですが……。
そのため、今回の記事にはもしかすると勘違いの部分もあるかもしれません。

女性のASD者には、身の回りの出来事や悩み事などを全て家族に話す傾向があるらしいです。
もちろん家族に自分に対する理解がある程度はある前提でしょうけど……
でもそれは良くないそうなのです。その根拠はよく読まずに立ち去ってしまったのですが。
機会があったら勇気を出して再び読んでみたいです。

私は大学から一人暮らしをしています。
はじめの頃は同じく県外から来た下宿の友達と悩み事などを話し合っていたのですが、やはりありのままの自分をさらけ出してしまうと人間関係に歪が生じたりするのは免れないのですよね。
私の自己開示の仕方がまずいのもあるかと思いますが、なかなかそのような完璧なスキルは身につきにくいため、2年頃から週2くらいのペースで母親に電話してあったことを話して精神安定を図っているという感じです。
表では完全に自分を取り繕い社会に適合しているが故、裏の人格であるその皺寄せは他のところで発散せねばなりません。
家族間は通話料無料なので金銭面でも痛手はないし、家族ということで考え方が似ているため、相手のストレスになるようなイライラする話もすることもなくやっていると思うのですが……自信はありませんが。

こういう言い方は偏見かも知れませんが、ASD者は頼る人を間違えるととんでもないことになると思うのです。
依存しすぎたり、それによりカサンドラ症候群になるパートナーの方もおられるようです。
頼る人を見つける、出会った後の人間関係の構築も至難の業なような気がするのです(私だけですかね)
その点、家族なら自然と頼る頼られる関係が出来上がっているからラクなのですよね。
私も、これでも母の悩みや愚痴を聞くこともありますしね…
ASD系の家系だからか?、無理して相手をするということはお互いせずに「今日は疲れてるから!」と言って断る、断られることもよくあります。

ここまで自分を受け止めてもらえるのも家族だから、ということも最近とみに感じます。
そういう意味でも安全策を選んでいるなあと割れながら思うのですが……

それでも時々、私は就職もまた遠方の土地なのですが、仕事が終わったあと週何度か長電話する毎日なのか、自立のできていない情けない社会人だなあ…と思い悩むこともあります。
いつまでも精神年齢の成長しない私の一方で、家族(親)はどんどん年老いてゆきます。
体はもちろんのこと認知症などになったら……私はどうなってしまうのだろう。

そう考えても、(またまた言い方はものすごく悪いですが……)精神的な依存先を新たに見つけるのは、相手にも大迷惑だし、私自身もその過程で疲弊し二次障害の悪化に苦しみ生活が破綻する姿しか想像できません。

耳にとても痛いお話でした。