一般枠で働く発達障害者のブログ

一般枠・一部オープンで働くASD当事者です。

「なんで挨拶しなきゃいけないの?」

 

マンガで学ぶ新人マナー「なんで挨拶しなきゃいけないの?」マナーの「ナンデ?」がわかる本

マンガで学ぶ新人マナー「なんで挨拶しなきゃいけないの?」マナーの「ナンデ?」がわかる本

 

年末年始に職場で挨拶回りが満足にできず、大層落ち込んだため、休職期間中に購入して読んでいた。

 

基本的に見開きで、右ページに四コママンガで失敗して怒られる新人の様子が書かれており(表情豊かでわかりやすい!)、左ページにその解説が文章で書かれているという構成である。

内容的には職場の外で関係先との関わり方や来客対応中心であり、私の求めていた、職場内の人間とそつなくやるスキルみたいなものは少なかった。

 

例えばそれは、職場内での挨拶の仕方とかなのだけど。

具体的には、挨拶っていつでもどこでも大きな声で機械的に挨拶すれば良いのではなく、例えば話し込んでいる人には小さな声で、とか、会釈だけ、とか場に応じた細かいマナーが今現在わかっていないのだ。

定形発達の人にしてみれば、それはその場その場に応じて空気を読むべきなのかもしれないが、私にはルールが決まっていない突発的な場面でそれが出来なくなるため、なるたけルールが明文化された書籍にて学びたいのである。

 

今後はアスペルガー向けの社会常識の書籍を探してみることとする。

 

「頑張らなくていい」とは

うつ症状が目立ち始めてから、「頑張りすぎないで」「できることだけでいい」「できないことは頑張らなくていい」と言われることが多くなった。

でも私にはその言っている意味がよくわかっていない。

 

私が人から見られる「頑張りすぎている状態」とは過集中の状態だろうか?

確かに異常なスピードで動き回り、人からは「急いでいる?」「張り切っている?」と見られても不思議ではない。

しかしこれはASD特性であるために無理をしているというわけではないのだ。

むしろ、これがないと仕事ができない。

とはいえ、過集中しすぎてダウンしないよう自分自身でコントロールする必要性を感じる。

 

「頑張りすぎている」のが過集中についてではないにしても、「頑張らなくていい」は無理な気がする。

日頃職場において、頑張らないと人に話しかけられないし、会話の維持もできないし、会話の終わらせどころの見極めもできない。

社会人として必須のコミュニケーションも、対人恐怖の症状により無理をしないと満足に取れない。

(以前はできないなりに、代わりに積極性をもって取り組んでいたつもりだが、それは対人恐怖で失われてしまった)

 

今回は、私自身がやや言葉を真に受けすぎかもしれないが、とにかく「頑張らなくていい」と社会生活が成り立たない障害(発達障害精神障害)のある状態なのである。

何が起こってるかわかってない

私は自分の感情や受けているストレスをリアルタイムで実感できていることが少ない。

ACによる自覚のない感情の抑制もあることにはあるんだろうけど、それよりかはASDの状況把握がうまくできない特性由来な気がする。

 

本日通院し、抗不安薬を新たに処方され、その薬についてインターネットで調べていた。

頻用される抗不安薬の眠気や作用の強弱を比較しまとめたサイトがあり、その中に高校生の時に1度処方されたことのある薬の名前をみつけた。

 

高校時代を振り返ると、何が何だかわかっていなかったと思う、と振り返る。

大雑把な言い方だが。

なんというか、あの状態で抗不安薬を出されても飲み方も飲む必要性もわかってなかったよなあと思ってしまった。

 

高一の11月頃、それまでの言いようのない生きづらさの原因を突き止めた。

アスペルガー症候群の存在をインターネットだか書籍だか忘れたが、知ったからだ。

衝動的な私は自分で精神科病院に電話で相談し、予約時間を設けてもらった。

 

ASD孤立型と受動型の中間地点にいた私は、物心ついた頃から友達という存在がいなかった。

自分自身としては友達ができないというより、「友達って何?」と概念すらわかっていなかったと思う。

必要性も感じず、当然作り方もわからず。

それでもほんの少数の気の合う人にはよくなつき、交流維持していたから完全なる孤立型ではなかったんだと思う。

 

学校時代は、友達もいるんだかいないんだかわからない子、とか先生に言われていた。

少し仲良くなっても集団行動が取れないから、どこのグループにも属せない。

中学時代の担任の先生が、たまに談笑する姿は見かけるが、常にひとりでいます、と三者面談で母親に話していたのを覚えている。

 

友達という概念がわからないから作る意味もわからなかったが、中学からはコミュニケーションの必要な授業や行事も格段に増え、かなり生きづらくなっていたのも間違いなかった。

見かねた母親や担任の先生からは、スクールカウンセリングやフリースクールの利用を勧められたが、未知のものは受け付けない特性があるからか詳しく聞くこともなしに断っていた。

なぜか、ひとりで我慢していた。毎日原因不明の胃痛と戦いながら。

 

話は脱線したが、そんな自分の生き方に限界がきたのが高校入学後だ。

適当に受験して入った中堅高校に環境適応できずにいじめに遭うようになった。

昔から何かとそういうののターゲットにはなっていたが、今回は私の孤立状態に目をつけた陰湿ないじめだったために心身ともに初めて直接的にダメージを感じ、悩み出した。

 

以前から周りは助け舟を出していたにも関わらず、突然、自分勝手に悩み出し、自分の状態や感情の充分な説明もできずに精神科病院に通院した。

 

在学中、学校が嫌だという気持ちは明確にずっとあって、通院の度に話していたから、その時の不安を和らげるために抗不安薬を処方されたのだと思うけど、もう漫然的に嫌で、でもそれを今まで我慢してきたから、いつ不安症状が出るとかそういうのも自分で全く把握できてなくて…

つまり抗不安薬を出された意味と使用方法を全く理解できていなかった、と。

でも特に体育とか実技教科で嫌なのが限界を超えたものは、出席だけとったら更衣室に逃げてしまうとか反社会的な行動で示すしかストレスのやり場がなくて。

今思うと休学でもする必要性があったのかなと思う。自分で自分の状態の把握する必要あったよなあって。

 

アスペルガーの本当の意味での困難や、抗不安薬の使い方が分かったのは大学時代からだ。

主治医と相性がよかったのもあって、「この薬はこういう時に飲みなさい」と言葉で明示してもらってやっとわかった。

高校時代の主治医は、私がここまで何もわかってない人間だと想像がつかなかったのかもしれない。

 

このように自分で自分が助かるチャンスを逃しているから、未だにアスペルガー症候群の診断は家族にもよく理解してもらっていない。こういう過程があると考えると、悲しい。

 

休職して1週間が経とうとしているが、考える時間があると、仕事で何がストレスだったのかがよくわかる。

やはり自覚がないが、仕事から離れて自分の苦手とすることと業務を照らし合わせて論理的に考えてみると、ここが苦しかったんだなという部分がわかってくる。

 

だが逆にこういう時間を設けないと、自分の状況が全くわからないというのも困った話だ。

休職なんて何度もできるわけがない。贅沢な時間を頂いているのだから。

冬季性のうつなのか

主治医から指摘があった。

ベースに双極性障害があるから、大うつ病にはなり得ないが、現在うつ状態がずっと続いていると言われている。

今までの人生、様々な場所で生活したが、就職してからはその中でも冬が厳しいと言われている地方におり、生活習慣的にもなれない部分も大きいのだろうか。

確かに11月以降気候が冬になってから、自身のマイナス思考が激化し、その明確な原因がわからないでいるのだ。

 

冬は「寒い」と言うだけでなく、夏より何かと制約の多い季節なのではないか。

 

まず、これはインターネットなどでも冬季性うつの説明として書かれていることだが、日照時間の短さによりセロトニンの分泌が抑制されてポジティブになりにくいというものだ。

これは実際にあることなのだろうけど、特にフルタイムで働き始めてから顕著に感じる。

朝太陽が出て間もない中を出勤し、退勤後、職場から外に出たら真っ暗だ。

確か夏は何時間も残業しないと真っ暗にはなっていなかったと思うから、だいぶ仕事をした気になる。

何より「真っ暗=一日の終わり」と捉えてしまい、「早く帰宅して寝たい」という気持ちが自然と強くなる。

夏だったら、仕事終わりの疲れもそれほど感じずに「スーパーによって買い物しよう」「料理をしよう」と思えていたような気がする。

あくまで私の場合であるが、あまりに睡眠欲が強く(実際の眠気とは違う、何かからの現実逃避みたいなもの)、帰宅した途端、風呂のスイッチを入れ、炊き上がるまでに夕飯をコンビニで買って早食いするか、もしくは食べないで済ませて、睡眠薬を飲んで入浴のち、すぐに寝てしまう。

9時や、10時にはベッドに入っている。

すぐには眠れないことが多いが、布団にくるまってTwitterをポチポチしている時間が最近は一番幸せだ。

逆に言うと、それしか幸せがないとは心が貧しいのかもしれない。

こんな感じで退勤後、何も好きなこともできず、ただ生理的欲求だけに従い暮らしている。

残業が当たり前の労働者の方々からすると甘い考えなのかもしれないが、職場に慣れてきたためか仕事をしたという充実感もなくなってきており、さらに生活しているという実感も欠けているために生きがいのない日々を送っていると思っているのかも。

 

次に、私は諸事情により冬期間のみ通勤時間が長くなっている。

具体的には冬の公共交通機関の便がちょうど良いものがなく、夏に比べ起床時間を45分ほど早めなくてはならなくなった。

これについては、普段より早く職場に着いて、始業までにその日の仕事計画を立てる時間を設けられたために、やるべきことが明確になりやる気も出て、自分ではプラスに捉えていたのだが…

自覚はなくとも、心身的には負担だったのだろうかと思っている。

単に早起きして体力を消費するだけでなく、公共交通機関に乗車するまでは時間に間に合うよう切迫感を抱えている状態であるから、ストレスもかかっていたのだろうなと思う。

これまた、一年中通勤時間が多く掛かっている方からしたら甘えと思われても仕方がない話だが…。

 

以上2点から、自身が冬季性うつの可能性は十分にあり得るなぁと思う。

いま、冬至を越え一ヶ月以上が過ぎ、日は長くなってきた。

主治医から、2月頃になればだいぶ回復傾向に向かうから希望を持つよう言われている。

今後も、職場での孤立及びコミュニケーションの取れなさからくる仕事のしづらさによる辛さは消えないと思うが、気分だけでも上向きな春を迎えたいものである。

休職&カミングアウトしました

正式に休職しました。

年明けから希死念慮や体の動かなさが顕著化し、仕事の繁忙期の間にちょうど自身の業務に折り合いをつけられそうな時期があったため、2週間前に決断しました。

次の繁忙期には戻りたいと思っていますが……どうなるかわからないです。

家で過ごす間も、今まで職場であった印象的なことが走馬灯のように蘇り、改めて職場で受けるストレスの大きさを実感しています。

しばらく休みだというのに、前向きな気持ちにあまりなれません。

自分が思っていたより状態がひどいのかも。

 

前日までギリギリの状態で普通に仕事をしていたので、わかってもらえないのも仕方ない話かも知れませんが、休職という話を聞いて遊びに誘う人や、「どこか行くの?」と聞いてくる人には悲しくなります。

どうしても無神経に感じます。辛いです。

 

ところで、ASDのこともカミングアウトしました。

というか、休職診断書を書いてもらう際に私の様子を見かねた(?)主治医が「管理職にだけでも話して配慮を受けた方が良い」と意見を下さったので、それに同意しました。

診断名は①うつ病、②アスペルガー症候群です。

ASDに関しては、上にはまだ何も話していないし、聞かれてもいません。

これから話すとしたらどのようにしようかなと悩んでいます。

 

それでは。ご報告まで。