読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アスペルガー社会人1年目のブログ

社会人1年目でうつになり挫けたASDです。悩んでます。

系統替えをしたい(ファッションの話)

楽しかったこと

プライベートのファッションのテイストを変えたいと思っている。

着るブランドの系統を変えるということから世間では「系統替え」と呼ばれているが、先週からそれをとてもしたい気分になっている。

(※漢字表記は「変え」なんだか「替え」なのかわからない…)

 

私は大学時代より、オフィスカジュアル系のファッションに憧れ、若くして(?)MOREやwithといった「キレイめ系」を読んでいた。周りは「non-no」や「CanCam」だったと思う。

大学に着てくる服も、ロペピクニックやヴィス、グローバルワーク、レプシィムローリーズファームなどで揃え、大人っぽくしていた(実際周りにどう見えていたかはわからん。中身子供なのに服装だけ大人で変に見られてたかもw)

就職してからは私服勤務だが、学生時代からオフィス着のような服装をしていたせいか、服装に悩んで新しい洋服を沢山買い足すなどはせずに済んだ。

むしろ堂々と自分の好きなファッションを着ていても、周りから浮かなくて楽しかった。

 

ところがどうしたことか今頃になって、365日その、いわゆる「キレイめ」でいるのが退屈になってきた。

勤務日と休日のギャップを作りたいという気持ちも出てきて、休日は休日にしかできないファッションをしたい!と思い始めたのだ。

 

「キレイめ」以外で自然と憧れるファッション系統といえば、「ナチュラル系」だ。

私がイメージするのは、昔「森ガール」と呼ばれていた分野に似ており、ガーゼや綿素材のブラウスやワンピースに目の粗いニットを合わせて、靴下に革靴を履く…といったスタイル。

アイテムの裾や襟にさり気なくレースが付けられていてフェミニンさも兼ね備えているのをよく見かけるが、なんとも可愛らしく憧れる。

代表的なブランドは「サマンサモスモス」や「エヘカソポ」なんだろうか、個人的には値段的な面もあり、そこら辺で揃えたいと思っている。

 

なぜナチュラル系に憧れたかというと、この間繁華街に買い物に行った際、好きな「キレイめ」系のお店の隣に、「サマンサモスモス」があり、ちらっと覗いたことが始まりだ。

そこでスタンドレースカラーのブラウスを見つけた。

そのレースが綿糸のかぎ編みのようでとても可愛らしく一目惚れし、その時ちょうどセール中だったので、思わず買ってしまったのだ。

帰宅後、「これってどうやって着よう?」と思い、サマンサモスモスのコーディネート例をネットで見ていたら素敵なものばかりで、「全身ナチュラル系にしてみたい!」と思ったのである。

 

オフィスカジュアル的なファッションをやめたい訳ではなく、勤務日は「キレイめ」を楽しんで、あくまでも休日だけ「ナチュラル系」になりたい。

金銭的な面を考えながら、少しずつアイテムを揃えて行きたい。

いま、特にお金のかかる趣味もこれと言ってないし、しばらくは「ナチュラル系になる」ことを趣味にしてもいいなと思う。

朝風呂生活3週間目

特性と対策

休職明けから、朝いつもより1時間強早起きして、お風呂に入る生活を始めました。

今週で3週間目となります。

 

元々低血圧で朝は苦手でしたが、休職以前は起床直後からうつで体が動かず、通勤電車の30分前に何とかして起き、小走りで乗り込み、ギリギリに出社する生活でした。

こんなんでは朝から嫌な気分になりますし、1日気持ちよく過ごせません。

 

また、世の中では多くの人にとって夜湯船に入ることは寝付きをよくする良いこととされているようですが、私の場合どうもそれが適用されておらず、逆に交感神経が活発になり、目が冴えてしまいます。

 

そこで夜は洗顔のみ済ませ、コタツで体を暖め、軽いストレッチを行った後、10時前後と早めの時間帯に寝床につき、6時前に起床する生活に変えてみることにしました。

 

結果、単に朝型生活をして健康になったと言うだけでなく、精神的にも出勤が幾分か楽になったことがわかりました。

恐らくですが。

かつては起きて即出勤が待っていましたが、今は出勤の前に入浴というタスクが経由するので、起き上がる際「お風呂に入らなきゃ」とまず考えるようになりました。

これは、「出勤しなきゃ」と思いながら起きるより、(あくまで自分にとってはですが)軽い気持ちでできています。

 

もっと仕事が嫌だった時はこれすらもできないのかも知れませんが、正直なところ今はまぁ仕事は落ち着いており、少し億劫な程度なので、この方法が効いてるのかもしれません。

 

なお、朝型生活で健康になっただけでなく……と軽く書きましたが、健康もちゃんと手に入れました。多分。

全部が全部ではないですが、免疫力が高まり風邪は引かなくなりました。

復職から2週間経過

現在進行形の悩み 特性と対策

短期間(2週間)の休職を経て、復職してから2週間が経ちました。

期間が期間だったので、仕事は特に支障(体力・精神が持たない、仕事の仕方を忘れるなど)なく、戻れたと思っています。

 

休職前は酷かった、対人恐怖がだいぶマシになってきたような気がします。

復職の際いろんな方に「ご迷惑をおかけしました」と挨拶したのを皮切りに、大先輩に仕事を手伝ってもらったり、係の違う方にプライベートなことでお世話になるなど、「お礼」の機会も相次ぎ、暴露療法というのでしょうか?、他人に話しかけることに前ほど抵抗がなくなった気がします。

 

ただその反面、派生して気づいてしまったのが、今の自分の配置(席)の環境の悪さ(あくまで自分にとって、ですが)です。

壁際で常にお互いの様子が見えるなど、体制的に気軽に話しかけられるのが1人だけ。

その1人とは気軽に話をできる関係を築けていません。お互いが今何をしているのか、そういうことも気軽に情報交換できていません。

 

良好な関係の築けた人がいても、遠くの席。

わざわざ席を立つのは周りの目的にも勇気が要りますし、(これは要らない考えなのかも知れませんが)その人自身も「なんでわざわざ私のところに話しかけに来るの?」と思うかもしれないと思うと、足が動かなくなります。

故に私の周囲とのコミュニケーションは過疎化していたのだなぁと原因を悟りました。

 

席順ごときで文句を言うなんて、そこは何とか自分が仕事をしやすいように工夫するものだろうと思われるかもしれませんが、自分の人間関係構築&維持能力の欠如もあり、それがみずからできずに1年やってきて苦しんでいました。

自責の念はかなりありました。情報や雑談と疎遠でも自業自得だと。

 

しかしこのことを主治医に何気なく話したら、障害特性から配慮が必要なので、異動の時期に人に気軽に物事を聞けるような席順に変えてもらうようアドバイスを受けました。

必ずしも支援を要請したらそれが叶うわけではないと思いますが、自閉症スペクトラムのある私にとっては「不利」な環境であることを認められたようで安心感を覚えました。

「なんで挨拶しなきゃいけないの?」

書籍レビュー

 

マンガで学ぶ新人マナー「なんで挨拶しなきゃいけないの?」マナーの「ナンデ?」がわかる本

マンガで学ぶ新人マナー「なんで挨拶しなきゃいけないの?」マナーの「ナンデ?」がわかる本

 

年末年始に職場で挨拶回りが満足にできず、大層落ち込んだため、休職期間中に購入して読んでいた。

 

基本的に見開きで、右ページに四コママンガで失敗して怒られる新人の様子が書かれており(表情豊かでわかりやすい!)、左ページにその解説が文章で書かれているという構成である。

内容的には職場の外で関係先との関わり方や来客対応中心であり、私の求めていた、職場内の人間とそつなくやるスキルみたいなものは少なかった。

 

例えばそれは、職場内での挨拶の仕方とかなのだけど。

具体的には、挨拶っていつでもどこでも大きな声で機械的に挨拶すれば良いのではなく、例えば話し込んでいる人には小さな声で、とか、会釈だけ、とか場に応じた細かいマナーが今現在わかっていないのだ。

定形発達の人にしてみれば、それはその場その場に応じて空気を読むべきなのかもしれないが、私にはルールが決まっていない突発的な場面でそれが出来なくなるため、なるたけルールが明文化された書籍にて学びたいのである。

 

今後はアスペルガー向けの社会常識の書籍を探してみることとする。

 

「頑張らなくていい」とは

現在進行形の悩み

うつ症状が目立ち始めてから、「頑張りすぎないで」「できることだけでいい」「できないことは頑張らなくていい」と言われることが多くなった。

でも私にはその言っている意味がよくわかっていない。

 

私が人から見られる「頑張りすぎている状態」とは過集中の状態だろうか?

確かに異常なスピードで動き回り、人からは「急いでいる?」「張り切っている?」と見られても不思議ではない。

しかしこれはASD特性であるために無理をしているというわけではないのだ。

むしろ、これがないと仕事ができない。

とはいえ、過集中しすぎてダウンしないよう自分自身でコントロールする必要性を感じる。

 

「頑張りすぎている」のが過集中についてではないにしても、「頑張らなくていい」は無理な気がする。

日頃職場において、頑張らないと人に話しかけられないし、会話の維持もできないし、会話の終わらせどころの見極めもできない。

社会人として必須のコミュニケーションも、対人恐怖の症状により無理をしないと満足に取れない。

(以前はできないなりに、代わりに積極性をもって取り組んでいたつもりだが、それは対人恐怖で失われてしまった)

 

今回は、私自身がやや言葉を真に受けすぎかもしれないが、とにかく「頑張らなくていい」と社会生活が成り立たない障害(発達障害精神障害)のある状態なのである。